恋するキミの、愛しい秘めごと
「トイレが少ないのは毎回の事だし、あとは……一番困るのは着替えかなぁ」
「着替え?」
「会場で買ったTシャツに着替える場所がないんだよね。何より、大暴れするからすっごい汗かくし」
だけど着替える場所がないから、結局みんなトイレで着替えて時間がかかって長蛇の列が出来てしまう――そんな話をしたら、カンちゃんは「ふーん」と、また何かを考え込む。
「それに、フェスって結構出逢いの場だったりするんだよね。それなのにボサボサ頭で汗だくで、お化粧も落ちてたり」
「……」
「いや、私は出逢えませんでしたが」
「だろうな」
書類に視線を落としたまま、さも当然と言わんばかりに言い放ったカンちゃん。
失礼にもほどがある。
「……寝る」
「ウソです冗談です。もう少しお話しましょうよ日和ちゃん」
ジロリと睨み付けても、それをさらりと躱《かわ》して、ひとりで楽しそうに笑っているし。
まぁ、私の場合は色気よりも食い気(この場合は音楽)だから、どうでもいいんだけど。
好きなアーティストが同じという事と会場の高揚感で、カップルになる人達もいるとかいないとか。
「あとは、好きじゃないアーティストが続く時間が長い時とか、意外とヒマ」
「へー……」
「食べ物売ってたりもするんだけど、ショボいフェスだとすぐに売り切れちゃってたりして、帰る時にはお腹ペコペコだったり」
「それ、ヒヨだけじゃねーの?」
「いや、違うから。一緒に行った大食漢の茉奈《まな》もだったもん」
「誰だよ茉奈! しかも大食漢とか」
それからも私は、時々冷やかしを受けつつ、今まで行った事のあるフェスでの困った事や楽しかった事を話し続け……。
カンちゃんはさっきまでの眠気まなこが嘘だったみたいに、窓の外が白むまで、それに聞き入っていた。