恋するキミの、愛しい秘めごと
「これだって、篠塚さんに“絶対に言わないで”とか言われてるからでしょー?」
ソファーに座りながらそう声をかけたけれど、聞こえないフリなのか、本当に聞こえないのか、キッチンにいるカンちゃんからの返事はない。
――結婚退職する可能性がある社員は、出世出来ないから。
出世欲の強い彼女、篠塚 冴子《しのづか さえこ》にそう言われ、ヘタレなカンちゃんは彼女がいる事を会社の人間はおろか、友達にさえも秘密にしている。
「そもそも、どこが“穏やかな性格”なのかがわからないんだけど」
ぶつくさと文句を言っていると、背後から隙を突かれて冊子を奪われてしまった。
「ちょっと、」
“まだ読んでるのに”――と続けたかった言葉を飲み込んだのは、いじけてキッチンに消えたと思っていたカンちゃんが、さっきまで社内報を握りしめていた私の手元に、湯気が立ち上るマグカップを差し出してきたから。
「……ありがと。いい匂い」
「けっ!!」
ゆっくりと息を吸い込むと、鼻にツンと抜けるようなコーヒーの香ばしい香りが体に充満していく気がした。
悪態をつきながら私の隣にドカッと腰を下ろした彼の手には、私が持っているものと色違いのマグカップ。
私とカンちゃんは、恵比寿駅から徒歩15分という好立地のこの3LDKのマンションで一緒に暮らしていて、一見したら恋人のように見えるのかもしれない。
だけど私たちの関係は、恋人なんてそんな甘くて素敵なものじゃない。
「そういや、こないだ伯父さんからメールきてた」
「何て?」
「マンションの外壁の修理があって、来月共益費に何万だかプラスされるけど、かかった金額知らせてくれれば後から振り込むからって」
「おー! さすが伯父さん。相変わらず太っ腹だね」
「親父の兄貴とは思えんな」
「お母さんのお兄さんとは思えんね」
カンちゃんのお父さんと私のお母さんは、血縁関係にある、れっきとした兄妹。
つまり私とカンちゃんは……血の繋がりのあるイトコ同士というわけだ。