恋するキミの、愛しい秘めごと
「さて、じゃー始めますか」
ミーティングルームに入るや否や、パソコンを開き、自分のデスクから持ってきた大量の資料を私の前に置いたカンちゃん。
でもちょっと待ってよ。
「ね、どういう事? 全然意味が解らないんだけど」
思わず口にした言葉に、カンちゃんが「ヒヨに戻ってるぞ」と言って笑うから、ハッとして口を噤んだ。
それを見てまた楽しそうに笑うカンちゃんに、少しムッとする。
「宮野さん、説明して下さい。私、スポンサー集めの案なんて出した覚えはありません。それに、共同立案だなんて」
「企画書見た?」
「まだですけど」
だって、見る時間さえ与えられずにここに引っ張り込まれたんだもん。
唇を尖らせる私の目の前に、相変わらず見やすくまとめられている企画書が差し出されて、少し不貞腐れながらそれを受け取り目を通す。
「ヒヨから話聞いたら、やりたい事がたくさん浮かんでさ。取りあえず、着替えが出来るようにするにはどうすればいいのかなーって」
「……」
「色んな方法考えてたら、ついでにスポンサーまで集められそうな方法見つけたんだよ」
椅子に座ってメガネ越しに私を見上げるカンちゃんは、オモチャを与えられた子供みたいに嬉しそうに笑っていて。
ーーだけど。
「私はただ自分の経験談を話しただけであって、こんなプランを考えることなんて出来ません」
企画書に加えられていたのは、着替えの為の大きなイベントテントの設営と、それにかかる費用を充填しつつ、利益をうむことが出来る方法。
私には、あんな雑談からこんなプランを捻り出せるだけの知見もセンスもない……。
それが悔しくて俯く私に、カンちゃんはゆっくりと穏やかな声で話しかけたんだ。
「確かに、企画をここまで詰めたのは日和じゃないけど、それでもその取っ掛かりとなるヒントを与えてくれたのは日和だろ?」
「……」
「上の連中も面白そうだって食いついてきてさ。日和の話がなかったら、絶対に思いつかなかったし、コンペにも勝てなかったかもしれない」
「……」
「だから、俺の中では日和は十分に“共同立案者”なんだよ」
正直、そんな風に思ってくれて、言葉に出してくれるのはすごく嬉しかった。
でもまだ、私の心の中はモヤモヤしていて……。
きっとカンちゃんは、そのモヤモヤの理由に気付いていたんだよね?
「宮野さんは、私を買い被りすぎです」
「そうかな?」
「そうですよ」
「それでも俺は、“南場さん”と一緒にこの仕事がしたいと思ったんだ。てゆーか、南場さんじゃないとダメだと思った」
「……っ」
この会社に入社して三年。
私は未だに自分の力で仕事を勝ち取った事がなくて、もしかしたら、そんな私に同情しているんじゃないかとか、身内だから甘やかして、優遇しているんじゃないかとか。
カンちゃんがそんな事をするはずがないと解っているはずなのに、一瞬浮かんだ最低な考えが頭から離れなくなっていた。
そのことに、カンちゃんは気付いていたんだよね?
「……ごめんなさい」
だから突然、“南場さん”だなんて呼び方をしたりして。
カンちゃん。
「南場さん、サブチーフお願いしてもいいかな?」
「……はい、こちらこそ宜しくお願いします」
「よかった。ありがとうな」
あんなに人のことをイジメてばかりいたくせに、いつの間にか“オトナの男”になっちゃって。
「あと、頑張ったご褒美ってことで……」
「え?」
「今日の晩メシ、コロッケ作って」
「……了解しました」
そんなカンちゃんを、ちょっとカッコイイと思ったなんて、口が裂けても言えないけどね。