恋するキミの、愛しい秘めごと
「南場さん、3番に“ヤマノ”から外線!」
「あ、はーい! こっちで取ります」
その日も相変わらずバタバタしていて、経理部に提出する書類を作成しながらデスクの上の受話器に手を伸ばした。
「お待たせ致しました、南場です」
『あぁ、南場さん。与野《よの》ですが』
「あ……いつもお世話になっております」
一瞬言葉に詰まったのは、この与野という人がヤマノの結構偉いオジサマだったから。
いつもは与野さんの秘書さんが電話をかけてくるのに……。
何か緊急の電話かと、少しだけ緊張が走る。
フェスまであと一カ月を切っていて、スポンサー企業の中でも出資額がトップのヤマノに何かあったとなると、かなりの緊急事態だ。
「今日はどうされましたか?」
『いや、さっき宮野さんの携帯に電話したんですが、繋がらなくてね』
「申し訳ありません。宮野は昨日より出張に出ておりまして……」
昨日から博多に出張に出ているカンちゃんは、きっと今頃帰りの飛行機の中だ。
こういう時、どうしたらいいんだろう。ひとまず、話の内容だけでも聞いて……。
取りあえず、カンちゃんは今東京に戻っている途中だという旨を伝え、どうしようかとひとり考えていると、受話器越しに『いやぁ、困ったな』という与野さんの呟きが聞こえた。
「私でよろしければ、お伺いしますが」
だって、急ぎの用事だったら困るし、私でも対応できることかもしれないし。
ここのところ、前にも増して忙しそうにしているカンちゃんの負担を少しでも減らせたらと思いそう告げると、電話の向こうの与野さんが直接会って相談がしたいと言い出した。
『今日の夜、そうですね……8時頃はお忙しいでしょうか?』
そう訊ねられて「今日は9時から向井君のドラマがあるので」なんて言えるはずもなく。
「その時間でしたら、大丈夫です」
残業決定のゲンナリ感を極力表に出さないよう、爽やかに答えて電話を切った。
一応確認の為に、カンちゃんの携帯に電話をかけてみたけれど、聞こえるのは『おかけになった電話は……』という、圏外を知らせる音声ガイダンスのみ。
確か、羽田に8時半過ぎに到着するって言ってたよね?
ということは、与野さんの指定してきたお店まで直接来てもらっても9時過ぎてしまう。
「与野さんも私だけで大丈夫だって言ってたし、ひとりで行くしかないか」
緊張から少し重たくなった気持ちを誤魔化すように、小さく息を吐き出して手早く残りの仕事を終わらせ準備をすると、ホワイトボードに“ヤマノ・与野さんと商談後直帰”と記入して会社を出た。