恋するキミの、愛しい秘めごと
「南場さんは、お酒は強いのかな?」
折敷膳にお箸をつけたところで、与野さんにそう声をかけられ、言葉に詰まる。
多分弱くはないと思うけど……。
目の前の与野さんは、既にお酒のリストを眺めていて、それを言ってしまうと私にも付き合えと言い出しそうな雰囲気だ。
普段から、気心の知れた人以外とは好んでお酒は飲まないのに、それが取引先の数回しか会った事のないオジサマなら尚更一緒に飲む気にはなれない。
もちろん、仕事をする上でそれが必要になる場合もあるけれど、今回はそんな感じではないし。
「いえ、私は――」
“弱いので”と言いいかけたその時、タイミングがいいのか悪いのか、次の煮物を手に中居さんがやって来て……。
その中居さんを呼び止めた与野さんは、
「十四代 龍泉を」なんて、平気な顔で超高級日本酒を注文した。
「あ、あの与野様」
「まぁいいじゃない! せっかくお仕事でご一緒するんですから。これくらい付き合って下さいよ」
笑いながら言ったその言葉は、どこか威圧的で有無を言わさぬ雰囲気を感じる。
本当であれば、このあと仕事の話もあるし、断りたいところなんだけど……。
ヤマノは大口のスポンサー企業。
その会社の中でも強い権限を持っている与野さんの機嫌を損ねるのは、正直得策とは思えない。
ないと思うけれど、こんな事でゴネられて「このお話はなかったことに」なんて言われたらたまらないもん。
仕方なしとこっそり溜息をついた私は、中居さんによって運ばれてきた、飲んだこともないような高級日本酒を手に取った。
「お注ぎいたします」
「おぉ、悪いね」
笑顔で徳利《とっくり》を手に持つ私に、与野さんは満足気に頷きグイグイと盃を空けていく。
「南場さんも一杯」
そう言われて徳利を差し出されたら断るわけにもいかず、注がれたお酒に口をつけゴクリと飲み込む。
流石は高級日本酒。
いつも居酒屋で飲んでいる、一合680円の日本酒とは大違いだ。
他のお酒が飲めなくなりそうで怖いなぁー……。
そんな事を思いながら食事をすすめ、お猪口に並々《なみなみ》と注がれた三杯目の日本酒に視線を落とした時だった。
「せっかく美人さんにお酌してもらうなら、隣に座らせてもらおうかな」
「え?」
驚いて顔を上げた時には、与野さんは既に立ち上がっていて、戸惑う私の隣に胡座をかいて座った。
「……」
――これは。
あまりに近いその距離に、心臓がざわめき出す。