恋するキミの、愛しい秘めごと
バカだなぁ、私。
ヤマノみたいな大きな企業のお偉いさんが、私なんかと一対一で仕事の話をするはずがないじゃない。
それなのに、こうして騙されて。
“カンちゃんの役に立ちたい”だなんて、身の程知らずもいいところだ。
自分のバカさ加減に泣きそうになり、涙で歪み始めた視界には、与野さんの手がボンヤリ映る。
気持ち悪い。逃げたい。
そう思う一方で、さっきから頭に浮かぶのは、毎日遅くまで必死に仕事をしているカンちゃんの姿。
働き過ぎだと心配する私に、「この企画は絶対に成功させたいんだよ」って言って笑って、人の頭をグシャグシャとかき回し、「鳥の巣みてー」ってバカにする。
そんなカンちゃんの頑張りを、私が無駄にするわけにはいかない。
頭では解っている。
だけど……。
「ゃ……っ!!」
抵抗されないのをいい事に、好き勝手に腿を撫でていた与野さんの手が、脚を開かせるように内腿に力を込めて――小さく悲鳴を上げた時だった。
それまで静かだった廊下から、中居さんの叫ぶような甲高い声と、高級料亭にはそぐわないドタドタという足音が聞こえ――……。
「日和!!」
「……っ」
開いた襖の先にいたその人に、呼吸が出来なくなるほど驚いた。
そんなはずない。
だって、この人がこんな時間にここにいるはずがない。
たけど幻でもないし、私がこの人を見間違うはずもない。
驚いて、声が出なくて。
だけど自分の頬を、零れでた涙がポロポロ伝い落ちていくのがわかった。
「カン……ちゃん?」
見開いた私の瞳に映るのは、走って来たのか、苦しそうに息を切らせるカンちゃんの姿だった。
驚きと安堵、張り詰めていた何かが一斉に途切れ、ますます溢れ出た涙が視界を滲ませる。
それに一瞬表情を歪めたカンちゃんの黒い瞳が、私の捲り上げられたスカートに向けられ……。
次の瞬間には、今まで見たこともないほど鋭く、隣に座る与野さんを睨みつけていた。
「与野さん、これはどういう事ですか?」
「あ、いやっ、違うんですよ」
――カンちゃん。
「何が違うのか、わかるように説明してもらえませんか」
「本当に違うんだ、これは……」
ねぇ、どうしてこんな時間に、ここにいるの?
「その子にその手で何をしてたのか、ちゃんと説明しろって言ってるんすよ」
「いや、違うんだよ!! 違うんだ、宮野さん!! 彼女が宮野さんの恋人とは知らなくてだね……っ」
カンちゃんのそんな声、初めて聞いたよ。
「謝れよ」
「……っ」
そんな怒った顔だって、初めて見た。
「社会的制裁を受けたくなかったら、今すぐこいつに謝罪して、会社に事情を話して今回の企画からは外れて下さい」
ふた回り以上年下のカンちゃんからのその言葉が、よほど屈辱的だったのか、目の前の与野さんは顔を真っ赤にして俯いて。
だけどしばらく沈黙した後、小さな声で「すみませんでした」と口にして、逃げるように部屋を出て行った。