恋するキミの、愛しい秘めごと
あの夜から一ヶ月。
「ヒヨ、醤油かけすぎじゃね?」
「何にでもマヨネーズかけるカンちゃんに言われたくないんだけど」
「けっ! マヨネーズの素晴らしさもわからない小娘が」
「この年になるとさ、“小娘”って言われても気にならないかも。むしろ嬉しいよね」
私とカンちゃんは相変わらずこんな調子だ。
同じマンションの一室で軽口を叩きながら暮らし、同じ会社で他人のふりをしながら仕事をこなす。
けれど、あの日のことを話すのは、お互いどこか避けていて、家にいる間もそれぞれの部屋で過ごすことが少しだけ増えた。
カンちゃんがどう思っているのかはわからないけれど、少なくとも私は、あの日のことを時々思い出し、その度にそれを無理やり記憶の隅に押しやる日々が続いている。
「そういやさ、この前の野外フェス結構好評みたいで、来年の夏のフェスでお着替えテント第二弾やるかもって」
「そっか! 良かったねー!」
結局与野さんは会社での自分の地位を失うのを恐れ、あれ以降、あのフェスを始め、うちの会社と一緒に行う仕事の担当をする事はなかった。
それでもあの時の記憶を消し去る事は出来なくて、あの日着ていたスーツは捨ててしまった。
与野さんから受けたセクハラもそうなんだけど、心の何処かでカンちゃんとの間にあった事の記憶も消してしまおうという気持ちがあったのかもしれない。
まぁ、こうして全然忘れられていないわけだけれど……。
「あとさ、明日部長から話あると思うけど、新しい仕事のサポートにヒヨ選んだからヨロシク」
「また?」
「あれ、不満?」
「いや、嬉しいけど、何の仕事?」
「それは明日までの秘密」
「ここまで言っといて、今更でしょ」
しかも、カンちゃんがこんな風に仕事のパートナーに私を選ぶことが増えていて、嬉しいんだけど複雑な気持ちになる時がある。
だって、私よりも仕事が出来る人なんてたくさんいるし、最近オフィス内でも私達は「宮南コンビ」とか漫才師みたいに一括りにされる事が増えていて。
それに対して多少やっかんでくる社員もいるし、何より篠塚さんの視線が怖い。
「てかさ、篠塚さんと組めばいいのに」
「だってあいつは他に仕事大量に抱え込んでるし」
「……」
「何回も言ってるけど、ヒヨの方が考え方が合うんだよ」
それはきっと、カンちゃんのこういうところにも原因があるんだろうけど……。
あのフェスの後、自分でも頑張ってみたいと奮起して、二度ほど社内コンペに自分の企画を出した事があった。
もちろんそれが残る事はなかったのだけれど、片方が篠塚さんの企画と最終審査にかけられた。
その時の審査員の中に、カンちゃんもいて……。
うちの部長と共に、私の企画に票をいれたらしいのだ。