恋するキミの、愛しい秘めごと
不正がないことを示すため、結果を知らせる社内メールには誰がどの企画案に投票したのかも記載されていて、そのメールを受け取った後の篠塚さんの冷たさといったらもう。
「仕事でしょ!?」とツッコミを入れたくなるほど、あからさまに私への態度を変えたのだ。
あの“与野セクハラ事件”の時だって……。
篠塚さんがカンちゃんに連絡をしてくれたと聞いて、次の日の早々にお礼を言いに行ったら――「そんな隙だらけなヒラヒラのスーツ着てるからつけ込まれるのよ」と冷たく言い放たれて。
“優しい一面発見”なんて思った私がバカだったのか、と。
「ねー、カンちゃん」
「はい?」
「篠塚さんの、どこが好きなの?」
食後に食器を食洗機に入れながら、ソファーに寝転びテレビゲームをするカンちゃんに聞いてみる。
するとカンちゃんは、人の気も知らずに「急に何だよ」って笑って。
「あいつ、協調性ないからな」
「……」
「人間なんだから、それなりにいい所も、可愛らしい所もあるんじゃねーの?」
「ふーん」
まるで他人事のように答えるカンちゃんだけど、そこにはやっぱり愛情があるんだろうなと思えた。
それに多少の淋しさは感じるものの、あの夜ほどではない。
という事は、あの時はやっぱり精神的に不安定だったんだという事で。
「まぁ、何でもいいんだけど」
「自分から聞いといて、その言い草……って、なに勝手にチャンネル変えてんの」
どうやら冒険物らしいゲームをやっていたカンちゃんの手元にあるリモコンを、私がポチポチいじるのは、この後向井君のドラマがあるから。
「だって、向井君見なきゃだし」
「いやいや、今俺ボス戦中だったんですけど」
「ゲームは待ってくれるけど、ドラマは待ってくれないの」
水仕事を終えて、カンちゃんの隣に腰を下ろし、向井君の登場を今や遅しと待つ私の横から、あからさまに不機嫌なオーラを感じる。
「だから私、自分の部屋にテレビ買うって言ってるじゃん」
「それはダメ。それが現代っ子が部屋に篭って、一家団欒がなくなっている原因です」
「カンちゃんって、昭和初期の父親みたいだよね」
「何とでも言え」
私がこの刺すような視線を平然とスルー出来るのは、部屋にテレビを置くことを許さないのがカンちゃんだから。
やっぱり私を“家族”だと思っているらしいカンちゃんは、一緒に住んでいるからには、それなりに一緒の時間を過ごして、それなりにコミニュケーションを取る必要があると言っていて。
だからこの家には、テレビが一台しかない。
それでも“まぁいいか”と思えるのは――……
「つーかヒヨ、お湯使えって。手ぇ真っ赤だから」
「だって、お湯使うとすぐ手がガサガサになるんだもん」
「“なるんだもん”じゃなくて、見てるこっちが寒い。あーもーいいや、手ぇ貸せ」
「……あ、向井君」
「はいはい」
「カンちゃん、手温かいねー」
「だろ? いくらテレビに噛り付いてドラマ見たって、向井君はこんな風にヒヨの手ぇ温めてくれないぞ?」
「……」
「え、無視? 無視してんの?」
「ごめんカンちゃん、うるさいから静かにしてて」
たとえ恋人という関係になる事はなくても、こんな風にソファーに座って手を温められながら、くだらないことを言い合う時間を、私も幸せだと思っているからかもしれない。