恋するキミの、愛しい秘めごと
小夜とのランチから戻った40分後。
カンちゃんと私は、コートを着込んでオフィスの出入り口に立っていた。
「それでは、行って来ます」
「頼んだぞ、宮南コンビ!」
「……はい。行って来ます」
満面の笑みで肩を叩く部長に、爽やかな微笑みを返す“宮野さん”の横で、その呼び名を何とかして欲しいと思う私は引き攣った笑顔を浮かべ頷いた。
再来年の春、駅前に大きな駅ビルが建設されることになり、今日はプロデュースするフロアをめぐって複数の会社と競合プレゼンが行われるのだ。
プレゼンターには勿論カンちゃんが指名され、私はそのサポートとして同行することになっている。
「宮野なら7フロア中5フロアは獲れるだろう」というのが上の予想。
まったく。
その為に、カンちゃんがどれだけ家で頑張っているかなんて知りもしないくせに。
だけどそれを表に出すことを一切しないカンちゃんは、やっぱりすごくて、強い。
「宮野さんって、プレッシャーを感じたり、疲れたりしないんですか?」
プレゼン会場であるイベントホールに向かう途中、地下鉄に揺られながら隣に立つカンちゃんに声をかけた。
だって、もし私がカンちゃんの立場で、毎回「勝って当然」みたいな空気を作られたら、絶対に胃に穴を開ける自信がある。
だけどカンちゃんは、子供みたいな顔をして。
「俺、昔から口喧嘩強かっただろ? プレゼンなんて、それと大して変わらんでしょ」
手元の資料に視線を落としたまま、微妙に納得のいかない言葉を口にして笑った。
「ウソつき」
「え?」
「いいえ、何でもありません」
もし口喧嘩が強くてコンペに勝てるなら、私の方が絶対に“出来る女”のはずじゃん。
カンちゃんがいつも強気で戦えるのは、きっと納得がいくまで作り込んだ企画書でプレゼンに挑むからで……。
会社ではスマートに全てをこなしている風を装っているけれど、家で苦悩して頭を抱えているカンちゃんの姿を私は見ているから。
「微力ながら、全力でサポートしますので。出来ることは何でも言って下さい」
だから私も、いつか彼のようになることを夢見ながら、今はそのサポートを精一杯やろうと思えるんだ。
「ちなみに、宮野さん的に今回の一番のライバル社はどこなんですか?」
今回の仕事は、内容が内容だけに利益率も大きく、競合する会社も有名どころばかり。
そんな中から、少し考え込んだカンちゃんが指さしたのは“長谷川企画株式会社”という、名前からして伝統がありそうな古い会社だった。