恋するキミの、愛しい秘めごと
それに目を見開いたカンちゃんは、もう一度だけ長い息を吐き出して、足元にあった灰皿にタバコを押しつけ私を見つめた。
「心配かけてごめんな」
「……」
小さく頭を振る私に、カンちゃんはポツリポツリと、“反抗期”の原因を話し始める。
「今日会った、榊原さんっていただろ?」
「……うん」
「あの人、俺の新人研修の担当だった人でさ」
話をするカンちゃんの表情は、自嘲の笑いを浮かべていて、見ているこっちが辛くなる。
カンちゃんの新人研修の担当だった榊原さんは、カンちゃんの憧れの先輩だった。
半年の研修の後、榊原さんはその実力を見抜いて、周りの反対を押し切り、自分のグループにカンちゃんを引き込み……。
それから二人は、ずっと一緒に仕事をしていた。
榊原さんが、H・F・Rを去るまでは。
「何の相談もなしに、いきなりいなくなったんだ」
「……」
「今考えれば、ただの後輩に転職相談なんてする方がおかしいのに。あの時は、裏切られた気持ちになってさ」
別に無理をして笑う必要なんかないのに、カンちゃんはずっと笑ったまま。
手持ち無沙汰なのか、時々私の髪を撫でるから、その度に胸が小さく軋んで困る私は、何も言わずにその横顔を見つめていた。
「それなのに、今日久々に会って……。めちゃくちゃ普通の態度で話しかけてくるから、一瞬すげぇイラついて」
「……」
「で、何かよくわからん、“全フロア奪取して見返してやる”的な気持ちが湧き上がってしまったのですよ」
「全フロアって、随分欲張ったね……」
「だろ? なのに、イライラが残ってたせいで、プレゼンはあんなんだし」
そう言って笑ったカンちゃんの顔は、少しだけ、“いつものカンちゃん”でホッとする。
「まだ、榊原さんに嫌な感情はある?」
きっとこれからも、結構な頻度で会うことになるであろう榊原さん。
その度に、カンちゃんがこんな気持ちになるのだとしたら、それはきっとすごく辛いこと。
真っ直ぐその顔を見上げる私に手を伸ばしたカンちゃんは、「もう全然平気」と言って、今度は子供にするみたいに人の頭をグリグリ撫でて笑う。
「プレゼン失敗して、ヒヨにも八つ当たりして、ホントどうしようもないな」
「そんな事ないよ」
「え?」
「私は、カンちゃんのそういう人間臭いところ嫌いじゃないし」
「……」
「八つ当たりは、キムチ鍋に免じて許しちゃうし」
その顔を覗き込んでニンマリ笑う私に、カンちゃんは“ふはっ”と吹き出して、「ありがと」と目を細めた。