恋するキミの、愛しい秘めごと
一日の仕事を終えてマンションに帰り、30分遅く帰ってきたカンちゃんと向かい合って夕食をとっていた。
それは別に、隠しておこうと思えば隠しておけたことなのだけれど。
「あのね、カンちゃん。今日、榊原さんに会った」
「え?」
そうしなかったのは、黙っていることに少し後ろめたい気持ちがあったからかもしれない。
「たまたま会って……。女の子ばっかりのカフェで、仕事のサンプリングしないといけなかったみたいで」
「そっか。榊原さんも大変だな」
気まずさから小さな声になってしまった私とは対照的に、クスクス笑うカンちゃんには、あの日言っていた通り、昔の事を気にしている様子はない。
それなら私も気にする必要はないのかな?
そもそも、私がそんなに気にしすぎるというのもおかしい気もするし……。
四年前のカンちゃんの気持ちを考えたら、確かにショックだったと思うし、裏切られたと思う気持ちもわからないでもない。
でも自分が榊原さんの立場だとしたら、H・F・Rで仕事を頑張ろうとしている後輩に「辞めようと思うんだ」なんて、やっぱり言えない気がした。
そう考えると、もうそのことは終わった事としてスルーしてしまっていいのだろう。
でも、もう一つ。
これはいちいち言うべき事なのか、どうなのか……。
「あれ? ヒヨの携帯鳴ってない?」
「あー……多分、榊原さんだと思う」
「……」
「いいって言ったんだけど、今度お礼したいからって言われて」
別に私が誰に連絡先を教えようと勝手だし、こんな言い訳みたいな事をする必要もないんだけど。
ただやっぱり何となく、言っておいた方がいいような気もするし。
モゴモゴとその事を告げると、カンちゃんは一瞬だけ驚いたような顔をした。
けれどすぐにニヤリと笑みを浮かべて、言ったんだ。
「榊原さん、王子系だもんね」
「ちが……っ!!」
「いいじゃん別に」
「だから違うってば。そういうのじゃないから!」
いや、確かに王子様系だとは思うけど。
でも別に変な下心があったわけじゃなくて、「貸しっぱなしは嫌だから」って爽やかに笑われちゃったから断れなくて……。
「いいから、さっさと返事してこいよ」
慌てる私を見て絶対に楽しんでいるカンちゃんは、本当にわかっていない。
私がどれだけ――と、そこまで考えて溜息を吐く。
だって、カンちゃんは関係ない。
あの寒い夜のベランダで、私がカンちゃんに抱いてしまったあの感情と、カンちゃんの感情は無関係だ。