恋するキミの、愛しい秘めごと
「カンちゃん、コーヒー飲む?」
「おー。飲む飲む」
時間があったから、どうせならとミルで豆を挽いてコーヒーを淹れた。
それを色違いのカップに注ぎ、リビングに向かう。
「はい、どうぞ」
「サンキュー」
片方のカップを手渡した私は、そのまま定位置であるソファーの左側に座り込んだ。
「これ、何の映画?」
「よくわからん」
小さなダウンライトだけを点けた部屋は薄暗くて、テレビの明かりがチカチカ揺れている。
画面に映っているのは、外国のモノクロ映画。
ソファーの上で、だらけた体育座りのように膝を立てて座るカンちゃんは、それをぼんやりと眺めながらコーヒーに口をつけた。
「……面白い?」
「んー、どうだろ」
言葉を交わす事もなくしばらく映画を眺めていたけれど、何だか内容が難しくて頭に入らない。
昔の反政府運動か何かをテーマにした映画っぽいけど……。
とくに見たいテレビがあるわけでもないからいいのだけれど、カンちゃんはこれを観ていて面白いんだろうか?
テレビから目を逸らす事なく返事をするカンちゃんは、それを観ているんだかいないんだか。
まぁ、いいか。
そう思って、もう一度テレビに視線を戻したその時、「さっきの話さ」という声が聞こえて再び横を向く。
だけどカンちゃんは、まだ前を見据えたままで……。
少しだけ、胸がざわつく。
「榊原さんの」
「あー、うん」
「行く?」
「……うん。行こうかと思ってる」
「そっか」
それからまた黙り込んだカンちゃんは、何故か口元を緩めてフッと笑った。
目の前で流れ続けている映画は、笑うところなんてなさそうだし、もしかしてまた榊原さんとの事をからかわれるんじゃ。
だけど、思わず身構えた私に、カンちゃんは言ったんだ。
「何かさ、よくわからん感情が芽生えてる」
「……え?」
「面白くないと思ったんだよ。ヒヨが榊原さんに連絡先教えたって知って」
「……」
「何なんだろうな、これ」
立てた膝に頭をもたげて話すカンちゃんは笑っているけど、ふざけている感じではない。
静まり返った部屋には、相変わらず聞き取れもしない外国の言葉が響いていて……。
だけどそれが聞こえづらくなるくらい、心臓がドキドキしていた。
「ヒヨはずっと昔から一緒にいたし、ただのイトコなのにな」
「……そうだね」
本当は手が少し震えていて、声だってお腹に力を入れないと震えそうだった。
カンちゃんへの不毛な想いを断ち切ると決めた私の心を、簡単に揺るがしかねないカンちゃんの言葉。
予想のつかないその続きを聞くことを、私はさっきから怖いと思っている。
「ヒヨ」
「……」
「そんな顔しなくていいから」
いつの間にか手に持つカップに視線を落としていた私の横で、カンちゃんがゆっくりと立ち上がる気配がした。
「ただのお兄ちゃんのヤキモチだ」
「……っ」
観ていると思っていた映画をそのままに、「おやすみ」と私の頭を撫でてリビングを出て行く後ろ姿に、声をかけることも出来ずに見送った。
――“お兄ちゃん”。
言われなくても解ってる。
そんなこと、嫌というほど解ってる。
「ちゃんと解ってるってば……っ」
テレビでは相変わらず聞きなれない言葉が飛び交っていて、それが徐々にぼやけて……。
カップを握りしめたままの手に、涙がポロポロこぼれ落ちた。