恋するキミの、愛しい秘めごと
その日は朝から珍しく雪が降った。
都会の交通網はすっかり麻痺して、電車通勤の同僚達はみんな遅刻。
そのせいで、お昼を過ぎた今でも遅れた仕事分を取り戻すためにバタバタと働いている。
こういう時、徒歩通勤で本当によかったと思う。
ダークグレーの空からは、未だに雪が舞い落ちていて、私は大きな窓越しにそれを眺め溜息を吐いた。
雪ってこんな色だったっけ?
私とカンちゃんの地元もそこまで田舎なわけではないけれど、そこに降る雪はもう少し白かった気がする。
カフェスペースの窓から見える空に、ほんの少しだけ圧迫感を覚えながら喉にコーヒーを流し込んだ。
「はぁー……」
また溜息を吐きながら、視線を落とした携帯には榊原さんからのメールが表示されている。
『雪だけど、予定通りで大丈夫かな?』
「……」
――あの夜。
“お兄ちゃん”の気持ちを嫌というほど思い知った私は、さっさとテレビを消して自分の部屋に戻り、布団に潜り込んだ。
だけど、なかなか寝付けなくて……。
次の朝、少し憂鬱な気持ちでリビングに向かうと、もうカンちゃんは出社していてテーブルには『俺も飲み行くから、榊原さんにそう伝えといて』というメモが残されていた。
その後、榊原さんと何通かのメールのやり取りをして、みんなの都合を合わせて飲みの日を決めたのだ。
そんな日に、雪って……。
別に雪が嫌いなワケではないし、雪が悪いワケでもない。
むしろ雪は寒気のせいで降らされちゃっているだけであって――って、そんな事はどうでもいいか。
思わず脱線しかけた自分にツッコミを入れながら、メールを作成する。
電車も本数が減らされてはいるものの動いてはいるし、とくに問題ないだろう。
『こちらは大丈夫です。美味しいお酒、楽しみにしています』
そう打ち込み送信して、また窓の外に視線を戻す。
ストールを持ってくればよかったかな……。
いくら暖房が効いているとはいえ、大きな窓の近くにいると冷気で足元に寒さを感じる。
だけどもう少し休憩をしないと、息が詰まって胸が苦しくなりそうだ。
オフィスに戻ったら、またカンちゃんと打ち合わせがある。
やっぱり売れっ子のカンちゃんは、ひとりで3つもの企画を抱えていて、最近ますます忙しそう。
その体を心配する反面、家で一緒に過ごす時間が減ったことに少しだけホッとしている自分もいて……。
「ホント最悪」
両手でコーヒーカップを握りしめながら、小さく呟いたその時。
「ヒヨの日頃の行いが悪いせいだな」
後ろから突然聞こえた声に、慌てて振り返った。