恋するキミの、愛しい秘めごと
結局何を話すかも決まらないまま地下鉄を降りて、少し早い気はしたけれど待ち合わせ場所に向かった。
12月も半ばをとうに過ぎていて、吐き出す息は真っ白だ。
そりゃー雪だって降るよね。
空を見上げると、灰色の雲は未だにかかったまま。
傘から手を出すと、小さな雨粒が手の平をそっと湿らせた。
雨に変わったってことは、気温が上がったっていうことだよね?
明日には止むといいんだけど……。
空を見上げたままそんな事を思っていると、パシャッと水の跳ねる小さな音が聞こえた。
「ごめん、お待たせ」
「あ……今晩は」
振り返ると、そこには少しだけ息を切らした榊原さんが立っていた。
傘もささずに走って来たのか、焦げ茶色の髪の毛の所々で雨粒がキラキラ光っている。
「あの、濡れてますよ」
思わず差し出した傘に、榊原さんは一瞬驚いたような顔をした後、「ありがとう」と笑った。
その柔らかい笑顔に、心が少し温かくなる。
初めて逢った時にも思ったけれど、この人は表情が柔らかくて人懐こいというか……。
警戒心を抱かせる事なく、ストンと人の中に入り込む。
これが作り上げられたものなのか、天性の気質なのかは判らないけれど、おかげでさっきまでの緊張が和らいでいることに気が付いた。
「予定より仕事が押しちゃって、慌ててたら傘置いて来ちゃった」
「雨が降ってるのにですか?」
「うん。会社のビル出た所で気付いたんだけど、オフィスまで戻るのダルくて」
そう言って屈託なく笑う声に、私まで笑顔になってしまうから、本当に不思議だ。
結局、「南場さんが濡れちゃうから」と遠慮する榊原さんを、風邪をひいては大変だからと説得して、同じ傘に入って歩き出した。
さっきまで、あんなに寒かったのに。
「水跳ねるから、こっち歩いて」
「でも、」
「せっかく綺麗な格好してるんだから。はい、どうぞ」
歩道が狭く、車道を走る車の水飛沫がかかるからと場所を変わってくれたり、ほんの少し前を歩いて、さり気なく私がすれ違う人にぶつからないようにしてくれたり。
榊原さんって、色んな意味で王子系なんだなー……。
関心する私を他所に、そんな事を思われているなんで知りもしないだろう彼は、しばらく歩いた所で立ち止まり指をさした。
「あそこなんだけど……。宮野ってどのくらい遅れるんだろ」
「あ、連絡してみます」
さっき送ったメールの返事が届いているかもしれないし――と画面を眺めてみたけれど、そこには何のメッセージも表示されていない。
いつもだったら、仕事中でも比較的早目に返事をくれるのに。
不思議に思いながら、アドレス帳からカンちゃんの携帯番号をさがして電話をかける。
「……」
「出ない?」
呼び出し音がな鳴り続けるばかりで、それが途切れる気配は一向にない。
「出ませんね」
まさか、事故とかじゃないよね?
と言っても、小学生でも辿れそうなこの道筋では事故に遭う方が難しいか。
少し心配ではあったけれど、仕事が長引いているのかもしれないし。
「そっかー。寒いし、取りあえずお店に入って待ってようか」
「……はい」
まぁそのうち来るだろうと、私は榊原さんの言葉に頷いて、お店の暖簾をくぐった。