恋するキミの、愛しい秘めごと
「わー……。すごい」
お店に入った私は、思わず感嘆の溜息を漏らした。
外観はお店かどうかも疑わしい――しかも、失礼ながら古臭い――二階建ての家なのに、中に入って驚いた。
「ビックリしたでしょ?」
「……はい」
外観にそぐわない店内は、まるで手入れの行き届いた古民家のようで、和モダンな家具がセンス良く配置されていた。
床は古くて傷がついているものの、ピカピカに磨かれていて、黒い重厚な柱と梁が目を引く。
それに瞳を奪われていると、奥にあるカウンターから一人の男の人が姿を現した。
「よう、シュン!」
「おー、相変わらず閑散としてるな」
「うるせーな。お前の為に貸し切りにしてやったんだろーが!」
「じゃー来る時はいつも貸し切りにしてくれてるって事か」
店員だと思われる、山男みたいに大きくてガタイのいいその人と榊原さんは知り合いなのか、何やら凄く親し気に言葉を交わしている。
すると、その人が私に気付いて目をパチクリとさせて。
少しビクつく私を見ながら豪快に笑って言ったんだ。
「すいませんね! シュンが女の子連れて来てるなんて思わなくて」
その様子は、まるで童話に出てくる狩人(イメージ)のよう。
「こんばんは」
ぺこりと頭を下げると、「おっ! お行儀がいいね」と何故か頷かれた。
そしてその瞳がまた榊原さんに向けられて……。
「お前が女の子連れて来るのなんて、サエちゃん以来だな」
と、ニヤニヤしながら子供のようにはしゃぎ出す。
榊原さんは、それに「うるせーよ」と顔を顰めたあと、振り返って困ったように笑い、この山男さんとの関係を話してくれた。
この大きな人は“前田さん”といって、高校の同級生だった彼と榊原さんはずっと仲良しらしい。
数年前に前田さんが田舎の古民家を買い取り、それをここに移築してお店を始めて以来、榊原さんはここの常連客になった――と。
少しの立ち話の後、通されたのは薄い布で仕切られた半個室のようなスペースで、入った瞬間にその空間が気に入ってしまった。
正面に座る榊原さんは、メニューを私に手渡しながらおしぼりやお箸を持って来てくれた前田さんと、また楽しそうに話をしていて、二人は本当に仲がよさそう。
時々私も会話に混ざる事が出来るようにと、そんな気遣いも忘れない。
戯れ合う二人を見ていたら、私もつられてニコニコしてしまった。
「ガサツそうだけど、作る料理は繊細だから」
という榊原さんの言葉通り、前田さんが出してくれるお料理はどれも綺麗に盛り付けされて、味も絶品。
「中に三ツ星料亭の板前さんとか入ってそうですね……」
思わず呟いた一言に、笑いが止まらなくなってしばらくお腹を抱えていた榊原さんは、やっぱり結構よく笑う人なのかもしれないと思った。
最初に言っていた通り、お酒もリーズナブルなのに美味しくて、お互い好きな物を頼んでグビグビ飲み干す。
そんな事を数回続け少し酔いが回り始めた頃、だいぶ打ち解けた榊原さんに、気になっていた事を口にしてみた。
「そう言えば、榊原さんの下のお名前って“シュン”って読むんですね。私、勝手に“ハヤト”さんだと思ってました」
『榊原 隼』と書かれた名刺には読み仮名がなく、勝手に“ハヤト”と読むのだと思っていた。
それに目を瞬かせた榊原さんは「あぁ、」と何かに気が付いて前田さんをチラッと見て笑みを浮かべる。