恋するキミの、愛しい秘めごと

「どこに行ったんだろ」

改めて見ると、テーブルの上には飲みかけのコーヒーが置かれていて、エアコンも点けたまま。

エアコンはともかく、テレビとコーヒーをこの状態で放置してお風呂に行くとは考えにくい。

ということは、自分の部屋にいる確率が一番高いか。


……うーん、どうしよう。


放置してもいいんだけど、部屋に行って何かをしている間に眠ってしまっていたら電気代も勿体ないし。

結局、コートを脱いだ私は、少し重い腰を上げてカンちゃんの部屋に向かうことにした。


「……カンちゃん?」

ダークブラウンのドアの前に立ち、中に向かって小さく呼びかけてみる。

「……」

応答なし、か。

となると、寝ている可能性が高まってくるんだけど……。


この前もカンちゃんは、「ちょっとだけ」と言ってエアコンも点けずに部屋で何やら仕事を始め、気が付いた時には机に突っ伏して眠っていて。

言ってしまえば前科者なのだ。

私が気づいて起こさなかったら、風邪をひいていたか、凍死をしていた可能性だって無きにしも非ずで。


「カンちゃーん」

もう一度声をかけてドアをノックするも、やっぱり応答はない。

しょうがないなぁと溜息を吐いて、ノブに手をかけドアを押し、「カンちゃん」と声をかけようとして……。

慌てて、その言葉を飲み込んだ。


視界に映ったのは、携帯片手に電話をするカンちゃんの姿。

そして私を見て、一瞬驚いたように目を見開いたあと、片手をあげて「お帰り」とくちパクで告げ、

「あぁ、わかったよ。おやすみ」

電話口の相手に会社でよく聞く“宮野さん”の穏やかな声でそう言って電話を切った。


きっと電話の相手は……

なんて、そんなの決まってる。


「ごめんね。寝てるのかと思って」

電話が切れたことを確認してから声をかけて部屋に足を踏み入れる。

案の定、エアコンの点いていない部屋はすこぶる寒い。

思わず身震いをしながら何気なく窓に視線を向けると、あの夜のようにカーテンが風に揺れていた。


「また反抗期?」

部屋にわずかに残る煙草の匂い。

笑いながらその顔を覗き込むと、カンちゃんもつられたように笑って。

「匂いうつるぞ」と、やっぱり冷たくなった手で人の頭をグチャグチャかき回したあと、リビングに向かって歩いて行った。

< 89 / 249 >

この作品をシェア

pagetop