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「そっちは?」
「え?」
「なんで、黙ってキスされてたの」
避けられたはずなのに、と暗に言っている。
「…したかったから」
櫂くんを真似て答えると「それだけ?」と笑われた。こうして櫂くんが私の前で笑っているなんて嘘みたいだ。
「三月」
笑いながら櫂くんが私の手を引く。あっという間に私は彼の方へ倒れ込みキスをされた。触れるだけの、一瞬のキス。
「櫂くん…」
「したかったから」
困って見上げる私に櫂くんは事も無げに言う。
「…私、また彼氏いるよ。今度は櫂くんだって」
「知ってるよ」
そう言って再度私にキスをする。
緩く掴まれた手首。避けようと思えば避けられる。
けど。
あの頃の私が直視できなかった櫂くんの顔を今はじっと見返す。
櫂くんはちょっと笑って、手をちゃんと握った。深くなるキスの中、私は目を閉じて彼の背に手を回した。
はぐれた私たちを探すケータイの音が鳴るまで、私たちはそのままでいた。
――どうしてキスしたの?
――したかったから
ねえ、それだけじゃないよね。もちろんそれも本音だけど、でも本当は私たち――