スーツを着た悪魔【完結】
キスがしたい。
「まゆ」
ゆっくりと顔を近づけると、まゆがハッとしたように深青の肩を押しとどめる。
深青はその手を無理に払わず、そのままにして問いかけた。
「――イヤ?」
「い、いやっていうか、な、んで……」
「したいから」
したいから、というシンプルな答えに、まゆは目の前が真っ白になった。
いや、そもそも目が覚めた時からこれが夢か現実かわからなくて――優しい目で深青に見下ろされる理由もないから、結局夢だと結論づける一歩手前だったのだ。
なぜ彼が急に私にキスしたくなったのかなんて、まったくわからなかった。イヤかどうかなんてそれどころではない。
「まゆ」
なのに深青は、グイグイと戸惑うまゆへ近づいてくる。
自分を熱っぽく見つめる深青の眼差し。
くっきりとした二重瞼の奥の瞳が輝きを放ちながら、まゆの顔を覗き込んでくる。
長めの前髪がさらりと落ち、いい香りがした。