スーツを着た悪魔【完結】
「嫌なら逃げろ」
「っ……」
顔を支えていた深青の手が、頬にかかっていた髪を払い、そして自分の肩を押さえていたまゆの手を握る。
まゆの小さな手など簡単に覆ってしまう、大きな手だった。
「でも、逃げるな……」
逃げろと言いながら、逃げるなと言う。
蕩けるような声で深青はささやき微笑む。
「そんな……」
「――」
無言になった深青から、すみれとアイリスのまじりあったような香りが強く薫る。
それから覆いかぶさるように彼の顔が近づいてきて――
まゆの唇を強く吸った。
触れ合うだけのキスはほんの一瞬だった。
深青はニコニコと笑って顔を離し、また何事もなかったかのように両腕を体の後ろについて空を見上げる。
一方まゆは硬直したまま、そんな深青を見上げていたけれど……
ゆっくりと上半身を起こし、ぎゅっとこぶしを握りしめ
「ばっ……ばかっ!!!!!」
力いっぱいその手を、深青の頭に振り下ろした。