スーツを着た悪魔【完結】
甘い香り。
香りは記憶を呼び覚ます。
「ずいぶん帰りが遅いんだね」
「ゆ……ちゃ……」
「そんな風に育てた覚えはないんだけどな」
彼は薄く笑って、まゆの腰の後ろに手をまわし、引き寄せる。
「誰に悪い遊びを教えられたの?」
ほっそりとした長身を上等なスーツに包み、優雅に微笑む。
切れ長の、彫刻刀で掘ったような美しいラインを描く、一重まぶたの瞳。
高い鼻梁、薄い唇。絹糸のような黒髪。
全体的に端整な印象の美形ではあるが、微笑みを浮かべてもどこか冷たい印象だった。
「ゆう、ちゃん……どうして……」
まゆの足が細かく震えはじめる。まともに立っていられなかった。
アパートの住所は、彼の妹であるメミちゃんにだって教えていないのに……!
そう、激しくおびえるまゆを、何事もなかったかのようににこやかに見下ろす彼。