スーツを着た悪魔【完結】
「――帰ります」
まゆは唇を強くかみしめ、そのままバッグをつかみ重役室を出て行った。
その後ろ姿を切なく見送った後、深青は大きな手でこめかみを押さえ「はぁ……」と深くため息をつく。
じっと大きな体を丸め、獣のように声をあげたい気持ちを押さえていた。
深青自身、こんな短時間でまゆの気持ちを変えられるとは思っていなかった。
彼女のことを愛している、大事に思う気持ちは本当だが、正体の想像もつかないまゆを縛る「何か」は、思う以上に深く彼女に根を張っていることを思い知らされた。
ゆっくり時間をかけて、その鎖を解きたい。
人は皆、幸せに生きる権利があるのだと……
だからといって、彼女をベッドに縛り付けて四六時中愛しているとささやくことも出来ない。出来ることならそうしたいくらいだが、それではまた違ったやり方でまゆを縛るだけだ。
彼女が自分の意思で己を選んでくれなければ、意味はないんだ……。
それが彼女には「勝手な男」だと映っただろうか……。きっとそうだろうな。
深青は指通りのよい髪をくしゃくしゃとかき回した後、ソファーに半ば投げやりに横になった。