塔の中の魔女
「……ロゼリン王子?」
ムッと目をつり上げて、ロゼリンが馬番を見た。
「王子じゃない、王だ。
今の俺はユダの第十代国王、ロゼリン・エフゲニー・アンテロス・マジエフ大公」
「はぁ」
ぼんやりと頷く馬番に、ロゼリンはふんぞり返って言い放つ。
「わかったら、跪いて敬え」
「……王さま、鞍、乗せやした」
ロゼリンの言葉に、青くなるわけでもなく、
命ぜられたとおり、跪ずくわけでもなく、
馬番はロゼリンの馬を引いて彼に手綱を渡す。
「おう」
馬番に命じた言葉は、むろん本気ではない。
すぐに表情をあらため、馬にひらりと乗って、厩を飛び出すロゼリンに、
馬番はやれやれと苦笑をこぼす。
どうにも、威厳に欠けるロゼリンを馬鹿にしているわけではない。
むしろ、奔放な彼の気風が好ましい。
「良い王さまなんだがなぁ」
些か無念を含んだ声は、
属国となったユダの王を惜しむがゆえだった。