夢の欠片
翔吾の前だとなぜか涙もろい私がいる。


素直に甘えられる唯一の人だからかもしれない。


「仕事から帰ったら何か旨いもんでも食いにいこうぜ?

最後の夜だから、どっか連れてってやるよ」


さっきとは違って、今度は私が喜びそうなことを、翔吾はさらっと言ってくれる。


私はあっという間に機嫌が良くなって、翔吾に抱きついた。


「ありがとう!翔吾!

嬉しい、何食べに行く?」


はしゃぎながら言うと、翔吾は呆れたような顔で私の鼻をつまむ。


「まったくひなは簡単だよなぁ、食い物の話をすれば機嫌良くなるんだから」


「ひどいなぁ、翔吾と食べに行くから嬉しいのにさ……」


少しだけいじけてそう言うと、翔吾は寝そべっていた体をゆっくり起こして、私をあしらう。


「はいはい、わかったわかった

さてと、仕事行く準備しないとなぁ」


いつもの白いニッカポッカに着替えて、翔吾は顔を洗いに風呂場に向かう。


ボロアパートなだけあって洗面所なんて気のきいたものはなくて、風呂場についてる蛇口でいつも顔を洗ったり歯を磨いたりしていた。


私はその様子を眺めながら、まだ布団でゴロゴロしている。

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