夢の欠片
無理もない。


だってあれから5年以上経ってるんだから……


私のことわからなくても仕方ない。


そう納得してるはずなのに、なぜか涙がこぼれた。


一瞬だけ父と目が合うと、私は気まずくなって涙を見せないように顔を反らす。


そのまま帰ろうと、父に背を向けてエレベーターに向かった。


「ひな……?」


「――ッ!」


父にそう声をかけられて驚いた。


エレベーターに向かっていた足を止めて、その場に立ち竦む。


父が私に気づいてくれたことは嬉しかったけれど、振り向く勇気が出てこない。


するとまた私の名を呼びながら、父が少しずつ近づいてくるのがわかった。


「ひなだよな?

お父さんに会いにきてくれたのか?」


すぐ後ろに父を感じる。


今度は嬉しくて涙が止まらなかった。


「お父さん!」


私は振り向いてそのまま父の胸に飛び込む。


翔吾の時とは違う……男の人の匂いがした。


ドキドキするようなものじゃない安心感が私を包み込む。


お父さん……


父はゆっくりとそんな私を抱き締めて嬉しそうな声で言った。


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