昔の風
 握った手を引き寄せ、彼女を抱きしめる。もう少し、もう少しだ。彼女に伝えさせてくれ。

 でも、うまく言葉が出せない。ゆるいめまいを感じ、彼女に寄りかかった。

「あっ……」

 そのまま俺は彼女の肩から胸へとずり落ちた。彼女の細い腕が俺を支えようとしている。

「しっかりして」

 彼女の声が遠くなり、やがて聞こえなくなった。



 頬に小さな風を感じる。それは少しこそばゆい。目を開けると彼女の顔があり、頬に触れていた小さな風は彼女の髪だった。見慣れた天井が見える。俺の部屋だった。

「大丈夫?」

「うん。どうやってここまで……」

「タクシーに乗せて、運転手さんに手伝ってもらったの」

「そうだったんだ、ごめん」

「風邪で辛かったんでしょう?」

「うん、少し」

 彼女が俺のおでこに手を当て「熱下がったみたい」、と台所へと向かう。

「水分摂らなくちゃ」

 冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、コップに注いでいる。俺が眠っている間に買ってきてくれたようだ。
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