昔の風
「私、不倫なんて嫌い。落ち込んでいたのは原口のせいじゃなくて、私も不倫してたから」

 数秒間の沈黙が流れた。

「もう終わったことだ」

 俺はやっと声を出した。さっきまで否定しようとしていたのに認める発言をしたのは、吐き出したかったからかもしれない。誰にも話せずにいたことをこの場所で誰かに。

「秋野くんがもうそんなことはやめろって言ってくれて、別れる勇気をくれた」

「まさか、同じ会社の奴なのか?」

 森山はその質問には答えずに、ただ笑っただけだった。

「秋野くんに出会えてよかった」

「辛かったか?」

「想像以上に」

 元気いっぱいの森山を消してしまったのは、妻子ある男か。

 出会った最初の頃の美春も明るかった。俺の前でたくさん笑っていた。しかし、いつしか笑顔が減り、元気がなくなっていった。

 そんな美春に俺は聞くべきだった。辛いか、と。

 聞けばきっと美春は、大丈夫だと言って笑ったかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。俺は逃げた。

 辛いのはわかっている。わかっているが、どうすることもできない。妻と離婚してくれと言われても困るだけだ。正直、面倒だと思った。だから、俺は逃げた。
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