昔の風
 元気のなくなった森山を心配した俺のように、誰かが元気のない美春を心配していただろう。そして、憎んでいただろう。

「私、結婚が決まって思いました。人生で経験しなくてもいいことをしたんだなって。人生にこんな経験いらない」

 森山は過去に関係した男と俺を責めている。

「でも、一番辛かったのは私でも金子さんでもない別の人」

「別の人?」
 
 森山が言う別の人とは誰なのかそう聞こうとした時、それより早く女性の声が俺と森山の耳に届いた。

「もう会わないわ」

 声の主は俺の二つ隣りに座っている若い男女二人組の女性だ。

「どうして」男が聞く。

「もうあなたを信用できなくなったの」

 その後の二人の会話は聞き取れない。それとも、黙っているしかないのだろうか。二年前の俺と美春もそうだった。

「さよなら」

 女性が立ち上がり、バックを持った。俺の視界から女性が消え、後ろを通り過ぎた時、背中に風を感じた。思わず女性の姿を目で追う。

 女性がドアを開け、暖簾を手で分け外に出る。こちらを見ることなくドアは閉められた。
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