紅蓮の鬼外伝
肆:桃・白桃・黄桃

*****


そんなことを思い出して、俺は目を細めた。


ふ…と自然と口角が上がる。


あれから幾度と、早く気付けばよかったと悔やんだだろう。


あれから幾度と、自分の愚かさを呪っただろう。


だけど、もし。


あの時、俺が気づいていなければ、その先彼女と出会うこともなかったのかもしれない。


そう。


今、脳裏を駆け巡った、笑った顔が今にも消えてしまいそうなほど儚い―—―


「空木?」


静かな部屋に突然、俺を探している淋の声が響いた。


「なに?」


淋が此方にやってくる足音がして、彼女が俺を覗き込む。


あれ、いつ来たんだろう。


淋を見ると、彼女の目の中に不思議そうにした俺が映っていた。


―—あぁ、もう、厭だ


本当に、人間のようになっていく。


淋の匂いが分からない。


今までたくさん嗅いできた、当たり前の匂いなのに、思い出せない。


……思い出せない…。


「………………………」


と、不意に淋が俺の眉間をつついた。


「へ…」


まさか彼女が急にそんなことをするとは思っていなかった俺は、思い切り驚いて、気の抜けた間抜けな声を漏らす。


「そんなにシワを寄せていたら、綺麗なお顔が台無しですよ」


そんな俺に淋はそう言い、ふわりと笑った。
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