紅蓮の鬼外伝
肆:桃・白桃・黄桃
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そんなことを思い出して、俺は目を細めた。
ふ…と自然と口角が上がる。
あれから幾度と、早く気付けばよかったと悔やんだだろう。
あれから幾度と、自分の愚かさを呪っただろう。
だけど、もし。
あの時、俺が気づいていなければ、その先彼女と出会うこともなかったのかもしれない。
そう。
今、脳裏を駆け巡った、笑った顔が今にも消えてしまいそうなほど儚い―—―
「空木?」
静かな部屋に突然、俺を探している淋の声が響いた。
「なに?」
淋が此方にやってくる足音がして、彼女が俺を覗き込む。
あれ、いつ来たんだろう。
淋を見ると、彼女の目の中に不思議そうにした俺が映っていた。
―—あぁ、もう、厭だ
本当に、人間のようになっていく。
淋の匂いが分からない。
今までたくさん嗅いできた、当たり前の匂いなのに、思い出せない。
……思い出せない…。
「………………………」
と、不意に淋が俺の眉間をつついた。
「へ…」
まさか彼女が急にそんなことをするとは思っていなかった俺は、思い切り驚いて、気の抜けた間抜けな声を漏らす。
「そんなにシワを寄せていたら、綺麗なお顔が台無しですよ」
そんな俺に淋はそう言い、ふわりと笑った。