モカブラウンの鍵【完結】
自分のデスクに戻ってからは『natural jewelry』のことを考えるのは止めた。

この何日も、そのことばかり考えすぎて細々した書類が残ってしまっていた。

取り敢えずは、それを片付けることに専念する。

それが終われば17時くらいなるな。


思った通り、17時20分くらいに仕事が終わった。

さて、帰るか。

カバンを持ったところで、左肩に長い腕が乗った。

その反動で左半身が不自然に下がる。


「ちょっと何ですか。松下さん」

「この前の約束を果たそうと思ってね」

「この前の約束?」

「覚えてないのか? 飲みに連れってやる約束。奢ってやるから」


ああ、思い出した。

この前、弁当持ってきた時のだ。逃げよう。


「すみません。俺、今日はちょっと」

「それ、嘘だろ」と、松下さんは間髪入れずに言ってきた。

「えっ?」

「今朝、社長に毎晩暇だって言ってたよな」


あれ聞かれんたんだ。

社長に「仕事ばっかりだと彼女に逃げられるぞ」って言われた時に、俺が言ったやつだ。

営業をしてるせいで培われた能力のなのか、ただの地獄耳なのか。


「分かりました。行きますよ。喜んでご馳走になります」

「そうと決まれば行くか」


松下さんが腕を退かしてくれたおかげで体が自由になる。

敏腕営業マンに気がつかれないように、小さく溜息を吐いて事務所のドアを開けた。

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