Turncoat‐抱きしめられて‐
信じられなかった。この狭い通路に響いた私の声も、彼の腕を掴んだ自分の行動にも。
「……いいの?」
私を見つめてきた彼の目は真っ直ぐで、そらす事なんて出来なかった。
『あ、この人こんな顔してたんだ』なんて、どこか客観的に見ている自分を感じながら。
徐々に近づいてくる彼との距離に、私は目を閉じて首を縦に振った。
彼が、私の頬に触れる。
はっと息が止まって、僅かに振るえだした両膝。
後退りしようとする右足のヒールの踵が、とん……と何かに当たった気がした。
背後には壁がある、もう引き返せないのだと悟った。
「やっぱり、止めようか」
「えっ」
顔を上げた私と彼の瞳が交わった瞬間、左耳からドンと壁の音が響いて。
私達はキスをしていた。