魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
コハクはいつもラスの気配に意識を巡らせている。

故に、ラスの気配が忽然と消えた時――すぐにわかった。


「あいつ…!チビに何しやがった!?」


飛ぶように走り、作業部屋に駆け込んだコハクは、刃を打ち合っているデスとゼブルに向かって吠えた。


「チビはどこだ!?」


「さてどうでしょう?その前に俺がこの死神の鎌で死んでしまえばあなたの大切な女がどこに消えたかわからなくなると思いませんか?」


デスの死神の鎌は少しずつゼブルを傷つけてはいたが、ゼブルはその痛みにさえ陶酔してしまうヘンタイなので痛がる様子もなくむしろ喜んでいるように見える。

ゼブルを追いつめているデスの表情は…今まで見たことが無いほどに険しく、またコハクの表情はそれを上回っていた。


刃のひと太刀も浴びてはいないのに痛そうでつらそうな表情で、刃を潜り抜けてゼブルの胸元を締め上げた。


「…デス、やめろ。チビを…チビをどこにやった?!」


「魔界ではありませんが、あなたが気配を辿れないように高度な魔法をかけましたので後は追えないでしょう。傷ひとつつけていませんよ、ご心配なく」


「だから!チビを返せ!どこにやった?!気配が…気配が…!」


気配が、ない。

よろりとよろめいたコハクは、すぐさま千里眼を使ってラスを捜そうと試みた。

ゼブルは高度な魔法をかけたと言っていたが、少しだけわずかに――細い糸のような痕跡が見つかった。


「あなたは弱くなってしまった。私が出会った時のあなたはとてもお強くて美しかった。肉体を取り戻したのであれば、あなたが魔界の王として君臨すべきだ。はじめて魔界に王が生まれるのですよ。血沸き肉躍ると思いませんか?」


「何度説得しようとしたって無駄だぞ。俺はもう…暴力沙汰には関わらねえと誓ったんだ。俺が推薦状でもなんでも書いてやるからお前が王になれ。けど地上に現れやがったら俺がぶっ殺してやるからな」


ぎらぎらと光る赤い瞳に魅了されたゼブルは、片膝をついて祈るように胸に手をあてながらコハクを見上げる。

…魔界の者がひざまずくなどあってはならないことだが、コハクになら傅けるゼブルは、薄い微笑を浮かべた。


「あなたも頑なだ。いいですよ、あなたの決心が変わるまで私があなたの大切な女を預かりましょう。捜してごらんなさい。いや、捜せるでしょうか?あの女の姿形はもう……ふふ」


「なんだよ、どういう意味だ!?おいゼブ…」


話の途中で姿を消した。

恐ろしい想像が身体中を駆け巡った。
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