魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
魔界の湿りを帯びた空気が嫌いだ。

久々に魔界へ戻って来たデスはフードを目深に被り、足元で隠れる真っ黒なローブに身を包んで真っ黒な愛馬に騎乗していた。

魔界といえどいくつか街があり、街を統率したり牛耳ったりする者は居ないがそれなりに秩序は保たれている。

ゼブルは楽しい場所に現れる傾向があり、最も大きな街に足を踏み入れたデスはあっという間に皆に正体を知られて陰口を叩かれていた。


「死神じゃないか…!一体街に何をしに来たんだ?」


「あいつは確か魔王様と行動していたんじゃなかったか?死神の分際で……」


コハクを崇拝する者は多い。

純粋に力に憧れ、縦横無尽な魔力でかつて魔界を暴れ回った過去があるコハクは彼らに熱狂的に歓迎され、または畏怖されて受け入れられた。

人ではあるが魔界の王として君臨を、と望む声は以前からあり、コハクが完全復活したという噂が流れてからは、再びその声が上がるようになっていた。

デスはそういう点で彼らに妬まれ、嫉妬されていたが――デス本人はいつもとは違う雰囲気を湛えて街を歩き回る。


「………ゼブル…」


憎しみのこもった声。

目の前でラスを攫われて、新婚旅行からようやく帰って来てまた一緒に居られると密かに喜んでいたのに――

ゼブルの邪悪な雰囲気を怖がって身体の震えが止まらなかったラスは今…どこかでたった独りぼっちだろう。

一体どんな場所でどんな思いをしているのか。


考えれば考える程はじめて湧き上がる殺意に骨だけの指がわななき、膨れ上がる殺気に周囲に集まっていた下級悪魔たちが悲鳴を上げてその場から逃げ出し始めた。

デスは神に等しき上位の死神なので当たり前だが…普段いつもぼんやりしているデスを知っている者たちからすれば、今のデスは…別人だ。


酒場を中心に足を運び、その度にそれまで喧騒に包まれていた酒場内はしんと静まり返り、異様な外見、異様な雰囲気のデスに圧倒された。


「……ゼブルは…居るか…」


「ひ、ひぃっ!ぜ、ゼブル様は最近お見かけしておりません!」


「………」


たった一言発しただけなのに、デスの声に含まれる殺気にあてられて腰を抜かした店主に見向きもせず酒場を後にしたデスは、はじめて焦りを覚えていた。

これもまた、今までは知らなかったものだ。


「………ラス…」


待っていて。

必ず、コハクの元に連れて帰るから。
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