魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
翌朝コハクが目覚めると、ラスは窓際に椅子を引き寄せて座りつつ、快晴の空を眺めていた。

膝には金色の花から採れた蜂蜜の入った壺が置いてあり、気付かれないように息を殺して観察していると、壺の中に指を突っ込んで口に入れて嬉しそうに笑っていた。


ここ1週間ほどのラスは…廃人だった。

乱暴は未遂だったが、これが未遂ではなく最後までされていたら…と思うとぞっとして、むくりと起き上がる。


「あ、コー…おはよ。蜂蜜舐める?」


「ん、じゃあ俺はこっちで」


ラスをひょいと抱き上げて代わりに椅子に座ったコハクは、ラスの唇をぺろりと舐めて甘い味とふっくらした唇の感触を楽しんだ。

先日までラスの心を病ませていたものはすっかり払拭されたように見えるが…油断はできない。

首に抱き着いてしなだれかかってきたラスの頭を撫でていると、ベビーベッドでうにうに動いていたルゥがすくっと立ち上がってここから出してと主張した。


「あんまルゥを抱っこすんなよ。身体第一!」


「うん、わかった。ルゥを抱っこする時は座ってる時にするね」


「俺さ、ちょっとだけ用事あるから1時間くらい抜けてくる。その間はデスの傍に居ろよ。あとアーシェやグラースにも声かけとくから」


「うん、わかった」


…ここ1週間は話しかけても返事すらなかったので、返事が返ってくるだけで嬉しくなったコハクはドアの前に座り込みしていたデスを中へ招き入れると重々くどくどデスの額を指で突いて注意を重ねる。


「絶対離れんな。俺が帰ってくるまでの間はチビの隣に張り付いてろ。タッチは極力禁止!口から下はもっての外!」


「………わかった…」


ローブを脱いでいるデスと目が合ったラスは、少し下がった垂れ目が優しい光を浮かべたのを見てにこにこした。

グリーンリバーに帰って来てからは誰の言葉も耳に入らず、ルゥの泣き声すら遠くで聞こえるさざ波のようにしか感じなかったので、手を振って出て行ったコハクを見送ると、ベビーベッドを指した。


「おはよう、デス。ルゥちゃんを連れて来てくれる?」


言われた通りベビーベッドからルゥを抱っこしてラスの膝に乗せたデスは、ラスのすぐ足元に膝を抱えて座ってへにゃへにゃ笑いながらラスと自分を交互に見ているルゥの頭を撫でた。


「デスにはもうお腹の中の赤ちゃんが男の子か女の子かわかってるんだよね?」


「………うん」


わかっているけれど、内緒。

その方が面白いから。
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