魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
「ああ……同時に来ましたね。そろそろ戻らなければということでしょうか」


人里から離れた山奥――

霧が立ち込めた断崖絶壁の多い山の、人が訪れるはずがないであろう魔物たちが跋扈する鬱蒼とした山奥に住む者たちに、ある日2羽の使い魔が訪れた。

一方は尾がとても長くて嘴と目の赤い黒い鳥。

もう一方は鴉のように真っ黒な鳥。


コハクとデスの使い魔だ。


「どうしますか?私は断れないので私ひとりで…」


「私も行くわよ。長くは滞在するつもりはないけれど」


左目に眼帯をした長い銀髪の男は、世界にいくつかある家のひとつに滞在して魔法書を紐解いていた。

外見は小さな家だが地下があり、恐ろしい量の魔法書が収められているので彼…オーディンが連れてきた淡いピンク色の髪の女…ローズマリーは暇を持て余すことがない。

蝋燭1本あれば朝から夜までひたすら魔法書を読み続けているのだが――彼女は残念ながら魔法を使うことができない。

ただ知識欲のために読んでいるだけで、かつてのようにそれを自在に振るうことはできないのだ。


「どうしたのでしょうか、コハク様に何かが…」


「コハクが、というよりも…ラス王女に何かあったんじゃないのかしら。だってデスと同じタイミングなんておかしいわよ」


「そうですね、コハク様はラス様のことになると見境がなくなりますから」


――コハクの師であるローズマリーは少し口角を上げて笑った。

勝手に抱え込んだ傷は徐々に癒えつつあるが、コハクとラスの間に生まれた子供はもう大きくなっているはずだ。


「結局あなたはコハクの言うことには逆らえないのね」


「彼は素晴らしい魔法使いですよ。いつかは私のように人という枠から解放されて神に等しき存在となれる男です。無理強いはしませんし、ラス様が居る限りは無理でしょうね」


「…コハクはそういうの興味ないと思うわよ。でも早く見てみたいわね。2人の子供…」


オーディンは止まり木で羽を休めている2羽の鳥の嘴をつまんで何事か呟くと、鳥たちは大きな翼を広げて飛び立って行った。

コハクに呼び寄せられて内心嬉しいのだが、ローズマリーの心情を想うとそれは口に出せない。


「さあ行きましょうか。どうぞお手を」


恭しくローズマリーの手を取ったオーディンは、お揃いの白いローブを着て家を出た。

コハクとデスの目的はまだわからなかったが――久々に心が浮足立っていた。
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