魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
ラスはルゥを生んだ時のことを思い出していた。

医者からは安産だったと言われたが、それでもあの生みの苦しみは覚えている。

ルゥの顔を見た途端陣痛の痛みなど吹っ飛んだが、出産という神聖な儀式に立ち会うことができて嬉しいと同時に脚が動かなくなってしまっていた。


「コー…私…行ってもいいと思う?」


「もちろん。チビだってこうして生まれてきたんだぜ。ソフィーははじめての出産で不安だったし、カイは…俺から呪いを受けたから、“もしかして”って思ってた。ま、そのもしかしてが的中したんだけどな」


生まれ落ちたラスの影にはコハクが憑いていた――

出産してすぐにその事実を知ったソフィーは嘆き悲しみ、カイは苦悩して、どうやって影から魔王を取り除こうかと毎日話し合っていたこと…

今のコハクにとっては少しつらい思い出だ。


「行こう、俺が一緒についてってやるから」


「うん、わかった。お母様…苦しそう…」


カイとソフィーの私室に着くとそっとドアを押して中へ入る。

悲鳴のような声は一段と大きくなり、ベッドサイドで膝を折ってソフィーを励ましていたカイが振り返った。


「ラス!どうしてここに?」


「コーがね、お母様が赤ちゃんを生む頃にここへ来ようって言ってくれたの。お母様、頑張って!私も傍に居るから!」


「じゃあ俺は部屋の外に居るし。チビ、なんかあったら呼べよ」


「駄目、コーもここに居て。お父様、いいよね?」


「ああ、いいとも。今朝陣痛が始まったんだよ。見てごらん、大きなお腹だろう?君の弟か妹が今から生まれるんだよ」


外に出ようとするコハクの腕に抱き着いて引き止めながら頷いたラスは、脂汗をかきながら苦しんでいるソフィーに一生懸命声をかけ続ける。

ソフィーもラスが帰って来たことを喜びたかったが、今はそれどころではなく、ただひたすら苦しみに耐えて、力んでいた。


「もう少しですよ、頑張って!」


助産婦に励まされ、一際大きく声を上げて力んだソフィーを見守っていると――


「おぎゃあっ、おぎゃあっ!」


「あ…コー…生まれてきた!男の子だ…!」


生まれて来たのは、とてもとても可愛らしい男の子だった。

元気な産声を上げて、すぐさまソフィーの腕に抱かれた男の子を愛しげに見つめたソフィーは、カイと共にその誕生を喜び、そして駆けつけてくれたラスにようやく笑いかけることができた。


王国を継ぐべき男の子。

この子を支えよう、と家族で誓った。
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