カノンとあいつ
女の子
○ ○ ○ 〇 〇 〇
いつからそこに居たのか、扉の前で可愛らしい女の子が「早く早く…」とちっちゃく跳びはね、准を手招きしている。
中高(なかだか)の小さな顔に、黒目の張ったあどけない瞳……。
まだ小学生にも満たない女の子に見える。
ねぇ耳を貸して!と言わんばかりに准の腕をしきりに引っ張ろうとする。
それでも……
屈み込んだ准に何かを告げようとして、なかなか上手くいかないのか、准と顔を見合わせては首を傾げ、笑ったりぐずったりしている。
聞き入れられない我が儘に身体全体で拗ねて見せては、また最初から無心を始める女の子の仕草を見ていると、それは次第に私を言い様のない幸福感で一杯にしていった。
やがて、私の顔と准の顔を交互に見比べると、ちっちゃな女の子独特の、恥ずかしそうな仕草をする。
准が女の子のほっぺを両手に挟んで…
「言っちゃいな…!」
クシャッと笑った顔で言う。
女の子が柔らかい体をくねらせる。
「このお兄さんが好きなのね…わたしも大好きよ!」
今笑ったかと思えば、もうもぞもぞして動き回る女の子を、准が長い腕でひょいと抱き上げる。
水色のワンピースがふわっと宙に舞い、大きな准の胸にとまる。
「想像してたまんま、すっごく綺麗なお姉さんなんだってさ!」
准の平明な呆れ声に、女の子はキャキャっと笑い、腕の中の嬉しそうな瞳が一瞬まん丸く弾けたかと思うと、間近な准の顔を、瞬きもせずにじっと見上げている。
私の中に、息ずくささやかな衝動…。
─── この子をギュッと抱きしめてみたい!
それはとてつもなく唐突に私を襲う、これまでに味わった事のない温かい感情だった。
─── 私はこの子を知っている………
一目見た時から、私を魅了し始めていた奇妙なノスタルジー。
でも、
………… この子、
…………… 一体誰なの?
○ ○ ○ 〇 〇 〇 〇 〇
扉に目をやると、品のいい白髪の老紳士が、いつの間にか私達を招き入れようと、丁寧なお辞儀をしている。
「お待ちしておりました」
開かれた扉から零れ出す光が、私たち三人を優しく包み込む。
中から聴こえてきた音楽に急に嬉しくなって、私は准の横顔を窺っていた。
准が得意そうに両目をくるりと回す。
─── 私達はよく音楽の話をして過ごしたものだ。
あの、哲学の講義で隣り合わせた日の准のことを、私は今でも忘れることが出来ない。