恋獄 ~ 囚われの花 ~【完】
一章
1.太陽が西から昇る確率
春風に乗って、沈丁花の甘く上品な香りが窓越しに流れ込んでくる。
芽吹きの季節を迎え、淡い緑色に染まった山肌に春の花々が彩りを添える。
「春だなぁ~……」
花澄は窓の外に広がる景色を眺め、ほぅと息をついた。
夕陽が家々の屋根を照らし、黄昏の中、花々の甘い香りが辺りにしっとりと広がっていく。
花澄は窓から吹き込んだ風に乱れた髪を、手櫛で軽く胸元に寄せた。
藤堂花澄。17歳。高校三年生。
一昨年の春にこの『鎌倉北陵学園』に入学した、普通科所属のフツーの女子高生だ。
少し天パの黒髪に、小鹿を思わせる健康的な体つき。
素材そのままといった感じではあるが、どことなく大和撫子的な気品も漂わせている。
花澄は廊下の窓から、ぼんやりと春霞が漂う北鎌倉の景色を眺めていた。
この学校は北鎌倉の駅から徒歩10分ほどの小高い山の上にあり、校舎からは鎌倉の街並みを一望することができる。
花澄は窓のさんに肘をついて景色を見つめていたが、廊下の奥からパタパタと足音が聞こえてきたのに気付き、眉を上げた。