恋獄 ~ 囚われの花 ~【完】
金木犀の香りが夜気に紛れて辺りに漂っている。
秋も深まり、澄んだ夜空に十六夜の月がぽっかりと浮かんでいる。
この時期になると夜は少し肌寒い。
花澄は自転車を引いて歩きながら、隣を歩く雪也をこっそりと見た。
寒い夜なのに、雪也の周りには清らかで温かい空気が漂っている。
花澄は淡い想いが胸に広がっていくのを感じながら雪也の横顔を見た。
……昔から変わらない、端整な顔。
そして月の光を溶かしたかのような、澄んだ双眸。
その瞳に映し出される雪也の心も昔から変わっていない。
優しくて、真っ直ぐで、……そして自分の弱さを見つめることができる、強い心。
誰の心にも、弱さや狡さはある。
けれど雪也は、自分自身の弱さや狡さをしっかりと認識している。
その上で周りの人たちが心地よく過ごせるように、『いい人』として常日頃から絶えず気配りをしている。
ストレスもそれなりに溜まるのだろうが、雪也はその発散の仕方をちゃんと知っており、周囲に迷惑をかけるようなことはない。
……やはり、雪也は精神的に大人だ。
その優しさに、寛容さに、心惹かれてしまう。
花澄は内心で切ないため息をついた。