恋獄 ~ 囚われの花 ~【完】
雪也と美鈴が来るなら、もう少しいい服を身に付けて来ればよかった。
……と思うがすでに後の祭りだ。
などと花澄が思っていることなどまるで知る風もなく、雪也は花澄の前にすたすたと大股で歩み寄る。
「それ、草木染め? ハルジオンだよね?」
「うん。先染め用にうちの裏庭から持ってきたんだけど……」
「春らしい綺麗な色に染まりそうだね。これで綿糸や絹糸を染めて、ストールとか作ってもいいかもしれない」
雪也は脇にあった綿糸の束を取り上げ、まじまじと見ながら言う。
雪也は『東洋合繊』の会長の孫で、父は現社長だ。
なので繊維にはそれなりに詳しく、工房に来ると興味深げにあちこちを見て回っている。
雪也の家は『東洋合繊』の起業者一族で、もとは地方の豪族だったが、明治時代に戦争の勲功で華族に叙せられた由緒ある家だ。
雪也もいわゆる『御曹司』なのだが、その明るく親しみやすい雰囲気のせいかあまりそういう感じはしない。
雪也の横で、美鈴は藍染めのスペースの方をじっと見つめている。
「……あの藍、今日仕込んだばかりなのかしら?」
「うん」
「もしいい色が出たら、反物を染めておいてって繁次おじさんに伝えてくれる? 藍の反物ってわりと人気あるの。特にこれからの時期はよく出るしね」
「へぇ、そうなんだ」