恋獄 ~ 紅き情炎の檻 ~
「あの子は動揺しただけなんじゃないの? なにしろ7年ぶりに、しかも突然会ったわけでしょ? あんたが嫌いになったわけじゃ……」
「……」
「なるほど、ね。……『林暁生』ならともかく、『相沢環』をまた拒絶されたら今度こそ立ち直れない。だから正体を明かせない。そういうことなのね?」
女の言葉は心の柔らかい部分をジワリとつつく。
やがて女が頭上でため息をつく気配がした。
女は自らの艶やかな黒髪をかき上げ、憐れむような声で続ける。
「大学の時は狂ったように勉強して、そして会社に入ったら狂ったように仕事して。……そして毎晩、狂ったように強い酒を飲んで……」
「……」
「それでも忘れられないって、よほど深く愛してたのね。それこそ魂の根底に深く刻まれるほどに。……そんな女を、破滅させるなんてできるのかしら?」
鈴のような声とともに、女の手がそっとグラスを取り上げる。
女はグラスをしばし見つめた後、くいとそれを飲んだ。
つややかな赤い口紅が、グラスにうっすらと残る。
「シャトー・ディケムの67年物ね。私にはちょっと甘すぎるわ」
女の手がそっと頭を撫でる。
まるで母親が傷ついた子供を労わるかのような、その手付き。
やがて酒気と眠気に呑まれ、意識はゆっくりと遠のいていった……。