恋獄 ~ 紅き情炎の檻 ~
mini story ~ 出発前夜 ~
[mini story ~ 出発前夜 ~]
環の香港への出立を明日に控えた日。
花澄は父の工房の事務室で帳簿に向き合っていた。
ノートパソコンを広げ、必死に商品のデータを打ち込んでいく花澄の隣で、環が売掛台帳を片手に手慣れた様子で電卓を叩いている。
「今月の売掛金のうち来月回収するのは約半分か。そもそもの契約を見直した方が良さそうだな。これではいつまでたっても……」
「……ね、環。この『苧麻』ってさ、どういうやつだっけ?」
「それは蕁草科の多年生草だ。麻の一種で、糸の状態にしたものを一般的にはラミーと呼ぶ」
「あ、なるほど。ラミーのことね」
ふむ、と頷いた花澄に。
環は電卓を叩く手を止め、じろっと視線を投げる。
「……お前な。ずっと日本にいたお前より、7年間留守にしてたおれの方が詳しいってどういうことだ?」
「私、工房を手伝ってたけど、事務作業がほとんどだったし。取り扱ってる商品について、あまり詳しく知らないんだよね……」