恋獄 ~ 紅き情炎の檻 ~
<side.環>
少し生暖かい、湿った風がカーテンを揺らして部屋の中へと吹きこんでくる。
亜熱帯の独特な香りを孕んだその空気は、昨夜の雨の名残だろうか、いつにも増して湿って重い感じだ。
日本ではまだ桜の季節だが、香港では既に台風の時期に差し掛かっている。
香港に来てもう7年になるが、気候も、言葉も、風の香りも――――触れるたびに、やはりここは異国なのだと思ってしまう。
どんなに環境が変わっても、香港の生活にどっぷり浸かっていても……やはり、人の中身というものはそう変わらないらしい。
正直、香港の朝はあまり得意ではない。
特に雨の匂いを感じさせる、こんな朝は……。
寝台に横たわったまま茫洋と部屋の中を見回すと、壁際に並んだ酒瓶が目に入る。
香港に戻ってきてからは酒はもう飲んでいないが、処分しようとしたところ春燕から『勿体ないから私が引き取るわ』と言われ、そのままになっている。
春燕はまだアメリカに出張中のため、戻ってきたらまとめて送りつけるつもりではあるが……。
酒の記憶は、胸の中の苦い記憶を揺り動かす。
7年前、花澄を失った哀しみに耐えきれず、初めて酒に手を伸ばしたあの雨の夜……。
環は胸に広がる切ない痛みに、苦しげに息をついた。
花澄を恨み、憎み――――復讐だけが生き甲斐だった、あの頃……。