恋獄 ~ 紅き情炎の檻 ~
「……あと一時間、か……」
などと思ってしまうこと自体、自分は相当疲れているらしい。
考えてみれば、午後に突然広瀬にフラれて手切れ金を渡され、夜に会員制ホテルで合コン、しかもそこにいたのは環にそっくりな青年。
今日一日でいろいろなことがありすぎて、精神的疲労は限界に達している。
あと一時間、頑張るか……。
と思い、化粧室を出た花澄だったが。
「……お待ちしていましたよ、花澄さん」
横から突然声を掛けられ、花澄は思わずビクッと背を仰け反らせた。
見ると、暁生が腕を組んで壁に寄りかかり、銀縁眼鏡の奥で笑みを浮かべている。
一見艶やかだが、猫科の動物のような鋭い光を帯びた、黒い瞳。
明らかに『ただの男』ではないとわかる、その視線……。
「なっ、……なんでしょうか?」
「先ほどの名刺ですが、いま、お持ちですか?」