恋獄 ~ 紅き情炎の檻 ~
なんというか、この酒には人の何かを、例えば酒に対する価値観を覆してしまうような何かがある。
グラスを傾ける花澄を、暁生は楽しげに見つめる。
「どうですか? 私の秘蔵の酒の味は?」
「……秘蔵の酒?」
「私が日本に滞在する間、ここに頼んで置かせてもらっているのです。他に当たり年といえば82年ですが、試してみますか?」
「いっ、いえ。これだけで結構です」
花澄は慌てて首を振った。
なんとなくだが、これ一杯に福沢諭吉が2~3人は潜んでいるような気がする。
花澄は酒にはあまり詳しくないが、この酒がとにかく普通ではないというのはわかる。
とにかく早く飲み終えて帰らねばと思う反面、めったに飲めないこんなに上等な酒を、ぐいぐい飲んでしまうのも気が引ける。
花澄は迷いつつ、グラスを傾けた……。