恋獄 ~ 紅き情炎の檻 ~
────その日の定時後。
花澄は速足で新宿駅に続く道を歩いていた。
この時期にしては珍しい、湿気を含んだ少しぬるい夜風が、花澄の少し癖のある長い黒髪を揺らす。
夜空にぽっかりと浮かんだ、月……。
花澄は胸に広がる得体のしれない不安に、ふっと目を伏せた。
満月の眩い光もやがて痩せ細り姿を変え、新月の闇夜を迎えるように……。
……永遠に変わらぬものなど、この世の中にはない。
この7年、自分は過去だけを見て生きてきた。
それは今の現実より、過去の方が幸せだったと思っているせいかもしれない。
けれど……。
花澄は歩きながら、風に乱れた髪を手櫛で軽く整えた。
そのとき。
「……花澄さん」
ふいに横から聞こえた、ハスキーなテノールの声……。
女の情感を揺さぶる、その声……。