恋獄 ~ 白き背徳の鎖 ~
5.黒い激情
<side.雪也>
17:00。
薄闇の中、春の雨が街路に植えられた木々をしっとりと濡らしている。
雪也は傘をさしたまま腕時計をちらりと見、実家の門をくぐった。
この腕時計は高校の時に初めてバイトして買った、タグホイヤーのカレラ・クロノグラフだ。
自動巻きで黒い文字盤にシルバーの分刻みが入っており、調整のための竜頭が幾つか付いている。
『高校の時に買ったものをまだ使ってるなんて、物持ちがいいな』
と友人に言われたことがあるが、雪也の場合は『物持ちが良い』とは少し違う。
雪也は昔から人にも物にもあまり執着する方ではなかったが、その分、気に入ったものに対する執着心はかなり強い。
背に回しているファロルニの茶革のボディバッグも、大学卒業時に購入して以来ずっと使い続けているものだ。
雨の日にこの時計を見ると、7年前のあの夏の日を思い出す。
花澄と森の中を散歩した、あの夏の朝……。
途中で雨に降られて二人とも全身ずぶ濡れになってしまったが、あの夏の想い出は雪也の心の中でまだ鮮やかに輝いている。
……花澄が自分に想いを向けてくれていた、最後の夏。
あの夏の後、花澄は環と付き合い始め、花澄の心はしだいに環へと傾いていった。