恋獄 ~ 白き背徳の鎖 ~



「あー、月杜専務ですか? 専務は二階のスパンボンドのところにいますよ」


スパンボンド、とは……。

よくわからないがそこに行けば雪也はいるらしい。

花澄は礼を言い、事務所脇の階段を上がって二階へと上った。


二階に上がるとすぐ、聞き慣れた声が聞こえてきた。

耳に心地よいテノールの低い声。


「……では、そのノズルから噴射して熱ロールで圧縮するわけですね?」

「はい。溶出を止めない限り繊維はエンドレスに続きますので、高い強度と安定した寸法を保つことができます」


階段近くの製造ラインの前で、雪也と製造課の浜中課長が何やら話をしている。

浜中課長は40歳ほどの中肉中背の男性で、もともと本社の経理課に在籍していたのだが、3年ほど前にコストカッターとして滋賀工場に送り込まれた人物だ。

今は大山工場長の右腕として働いていると賢吾は言っていたが……。


花澄は二人の話が途切れたところで、二人に歩み寄った。


「おはようございます」

「……あぁ、おはよう、藤堂さん」


雪也はいつもの朗らかな笑みを浮かべてにこりと笑う。

本社で見るのと全く変わらないその微笑み。

あの夜の情熱など微塵も感じさせない、その清らかで澄んだ瞳……。


< 270 / 334 >

この作品をシェア

pagetop