君がいるから―番外編―
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「どうですか?アディル様のご様子は」
あきなが横たわるベットから離れたシェヌに、小声で話掛けてきたのは女中のジョアンだった。
心配そうな表情をしているジョアンにシェヌは白く長い髭を撫でつける。
「そんな心配しなくとも、あやつは大丈夫じゃよ。自分の足で、必ず前へ進んでいくさ」
「…もう何年になるかしら」
ジョアンは、あきなを見守り続けるアディルの背に目をやる。
「着替えはあの娘が目を覚ましてからにした方がよさそうじゃ」
「そうですね。先ほど、何度お声を掛けても私の声など、お耳に届いてらっしゃらなかったですし」
そう言って、ジョアンはシェヌへと丁寧にお辞儀をしこの場を後にした―――。
シェヌはジョアンが医務室を出るのを見届けて、椅子にギシッと音を立てて腰を下ろし背もたれに体を預けた。
そして、あきなが横たわるベットの傍らで、両の掌であきなの手を包み込むアディルの姿を横目で見遣る。
その時―――拳に額を当てたアディルの唇が微かに動いたのを、シェヌは見逃さなかった。
「――――――」
耳に届かなくとも、口の動きで悟ったシェヌは悲しげに目を細めた。
アディル…今―――お主の瞳に映っているのは…。
END