《TABOO③》ビジネス・トリップ
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その文字を見て、「でも……」と言葉を漏らしていた。
メールの主は元カレのリョータ。
たまたま近況を尋ねるメールが届き、明日は久しぶりに都内へ出張だ、仕事後の買い物が楽しみだ、と何気なく返信したら「じゃ、会おう」という返事がすぐに届いたのだ。
彼氏がいるにも関わらず、出張中に元カレと会うということに、もちろんうしろめたさはある。
しかしそれよりも、今や人気モデルとなっているリョータと、そう簡単に会えるのだろうか、ということを心配して「でも……」と呟いた自分に苦笑してしまった。
それはつまり、会うことが前提の悩みだからだ。
翌日、仕事終わりにリョータにメールを送ると、ある一流ホテルのカフェで待つよう指示された。
ここから二駅先だ。
私は電車に乗り、そのホテルを目指した。
吊革につかまりながら、流れる景色を見つめる。
しかし、見えていたのはリョータの笑顔だった。
どうしてホテルのカフェなんだろう。
まさかそのまま……なんてことは、さすがにないか。
人目がありすぎる。
それにしても一流ホテルを指定してくるあたり、リョータは別世界の人間なんだと思い知らされる。
田舎者の私には、敷居が高すぎる場所だ。
改札を出れば、目の前にそのホテルはあった。
あまりに重厚で威圧感すら感じる。
ベルボーイに丁寧に声をかけられ、「カフェで打ち合わせですので」と言わなくていいことまで言い、目的の場所まで来ると、すでにリョータが腰かけていたので、心臓がどくんと跳ねた。
当然自分が待たされるものだとばかり思っていたからだ。
ヒールをカツカツと鳴らしながら、一歩ずつ彼に近づく。
その時、右足がくにゃりと思わぬ方向に歪んだ。
「痛っ」
右足首に痛みを感じたのと同時に、自分の足に何が起こったのかを理解した。
ピンヒールが見事に折れていたのだ。
なんと間の悪い。最悪だ。
周囲の視線を感じる。
足の痛みより痛い。
「大丈夫?凪(なぎ)さん。おっちょこちょいだなぁ」
俯いたまま動けずいる私の上から、リョータの声が降ってきた。
「はい」
そう言って、リョータは私に背中を向ける。
「で、でも……」
「いいから、はい」
リョータはひょいっと、私をおぶってしまった。
人前で派手に足をくじいたOLも十分目立つのに、そのOLをおぶるリョータは比にならないくらい目立つ。
しかし、そんなことをもろともせず彼は歩き出した。
「買い物、まずは靴屋だね」
背中越しに聞こえる彼の弾む声に、私は小さく頷いた。