月のあかり
「でも‥‥悪いよ」
躊躇を見せていた満央は、やっぱり受け取れないと言って、握らされていたお札をきれいに伸ばして高梨へ返そうとした。
ところが高梨は「OK、OK」とキザなジェスチャーをして、宥めるように満央の肩を叩いた。
「じゃあ、俺、友達と来てるんで」
高梨は、一瞬ぼくのほうに挑戦的な強い眼差しを向け、店内へと戻って行ってしまった。
「あ、私、トイレに行ってくる」
すると、まるで高梨の後を追うように満央も再び店内へと戻って行く。
取り残されたぼくが、入り口の外からガラス越しに覗き込むと、満央と高梨は店内で耳元に口を寄せ合い、まだ何かを話しているようだった。
それはさっきまでのぼくと満央の光景。
まるでキャストが入れ替わったように彼女の側からぼくは外され、単なる傍観者としてガラスを挟んで佇む。
気色の悪い胸苦しさと腹立たしさ。
そして込み上げる醜い嫉妬心。
元来、物事に関して頓着の薄い性格のはずのぼくが、こんなにも強く抱いた例えようもない奇妙な心境。
そんなちっぽけな自意識を噛み締めつつ、ぼくはガラスの向こうの二人の姿を見守っていた。